研究の背景など本研究の学術的背景、明らかにしたいこと、学術的な特色・独創的な点、予想される結果と意義
① 研究の学術的背景
若年者の就職・雇用問題は多くの国の政策的課題となっており、日本の高等教育機関においても、職業教育・キャリア教育の拡充が図られているが、学生の志向が大企業に集中し、企業も学生の能力を十分に把握できないなど双方の情報不足・ミスマッチが存在している。 キャリア教育の主要な手段としてインターンシップが位置づけられているが、就職との関連でみれば、日本ではこれまでインターンシップは職業意識の醸成や職業能力の向上が主な目的とされ、これを通して結果として就職の促進を図るという間接的効果が主眼とされており、インターンシップを就職と直接からめることはタブー視された。結果として、就職希望者(学生)の能力把握などに利用するという視点(直接的効果)の実証的な研究は皆無であった(図表1-1参照)。
しかし、海外では直接的効果もみられ、先行研究においても、Acemoglu and Pischke(1998、1999)は「職場でインターンシップなどの訓練生を受け入れるメリットとして訓練生の情報上の優位性を利用できることやこうした採用上の優位性は労働市場の特性などに左右される」としている。 上記のようなIS等と就職・採用の関連に関する研究状況を踏まえ、申請者が実施した『インターンシップなど産学連携教育を通じた学校から社会への移行システムに関する研究』(以下「IS科研」という)では、国内外における総合的な調査研究を実施し、以下の点が明らかになった。
- 国内では、インターンシップ経由の採用は全体の2%程度(亀野(2014a)、亀野(2013a)、亀野ほか(2013b)など)。
- 賛否についても賛成が過半数であるが、制度・ルールの明確化など課題も多い(亀野(2013c)など)
- 海外においては、フィンランドや中国を事例に、産学連携教育の目的の一つとして就職・採用を挙げられるケースが数多くみられた(亀野(2014b)、亀野(2013d)、亀野(2012)など)
② 研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか
上記の背景及びこれまでの研究成果をもとに、IS科研では実施しなかった学生へのアンケート調査を新たに実施する。また、インターンシップだけではなく、それに類似するアルバイトやインターンシップとアルバイトの中間的な形態(以下、「職業専門型アルバイト」という)に対象を広げて分析を行う(図表1-2)。そして、研究期間内には以下のことを明らかにする。
- IS等に関する学生や企業の実態・考え方を把握する。特に、インターンシップの多様性(内容、目的、期間など)、職業専門型アルバイトに関する実態、課題とその可能性について把握する。
- IS等と就職・採用の関連の実態や賛否、課題などを規定している要因を抽出する。その際には、専門分野、企業属性(規模、業種、地域等)、職種の視点を盛り込む。
- 国際比較調査(日本と大きく状況が異なるフィンランド、中国を対象)により、教育システム、労働市場、教育と労働市場の関連等と「IS等と就職・採用」の相関性を明らかにする。さらに、国別の類型化を図るとともに、国の差異を超えた共通性を明らかにする(図表1-3)。
経済発展状況 | 高等教育システム | 労働市場 | 教育と労働市場の関連 | |||||||
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社会との関係 | 産学連携教育の熱心度 | 学生の年齢層 | 選抜性の格差 | 流動性 | 人材育成 | 賃金格差 | 教育と職業のレリバンス | 教育の有用性に対する評価 | ||
フィンランド | 先進国 | 強 | 中 | 高 | 低 | 高 | 企業外 | 小 | 高 | 高 |
英 | 先進国 | 中 | 中 | 低 | 高 | 中 | 企業外 | 大 | 中 | 低 |
独 | 先進国 | 強 | 中 | 高 | 低 | 中 | 企業外 | 中 | 中 | 中 |
米 | 先進国 | 中 | 高 | 低 | 高 | 高 | 企業外 | 大 | 中 | 中 |
中国 | 新興国 | 低 | 中 | 低 | 高 | 高 | 企業外 | 大 | 低 | 低 |
日本 | 先進国 | 低 | 低 | 低 | 高 | 低 | 企業内 | 大 | 低 | 低 |
図表1-3
③ 当該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義
当該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点
(1)高等教育から職業への移行においては、企業規模と大学選抜度との関連性に関する研究やその結果を説明するための諸説の検証を目的とした研究が多かった。つまり、就職・採用活動におけるミスマッチの主要因である情報不足を所与とした研究がなされてきたが、本研究では、その前提である情報不足を克服する一方策としてIS等を位置づけて分析を行う。
(2)IS等が多様な形態で実施されていることが予想される。これらを把握することで多様性ゆえに混乱もみられる現行のインターンシップを類型化できるとともに、職業専門型アルバイトの拡充の可能性を提案することにつながる。職業専門型アルバイトが一般化すれば、学生の金銭的課題と就職問題を同時に解決することができる。また、企業側からみても優秀な学生の確保や採用後の定着に資する。
(3)IS等と就職・採用を結びつける課題も明確になり、行政や教育機関、経済界の指針・ルール作成にも資する。さらには、職業専門型アルバイトのより可能性の高い業種・職種を明確化することができる。今後、当該業界団体と協力し、職業専門型アルバイト実施のためのルール化、ガイドライン作成、パイロットプログラムの実施につなげていくことも可能である。
参考文献
- Acemoglu, D. and J. Pischke (1998)
- “Why Do Firms Train? Theory and Evidence”, ‘Why do firms train? Theory and evidence,’ Quarterly Journal of Economics, vol. 113, pp. 79-119.
- Acemoglu, D. and Pischke, J. (1999b)
- The Structure of Wages and Investment in General Training, Journal of Political Economy, pp. 539-572.
- 亀野淳(2012)
- 「日本とフィンランドにおける高等教育機関から職業への移行プロセスとその要因分析」,『人材育成学会第10回年次大会論文集』,査読無,97-100
- 亀野淳(2013a)
- 「インターンシップと就職・採用との関連に関する大学・企業の認識についての定量的分析研究-大学及び企業に対するアンケート調査結果から-」,『日本高等教育学会発表要旨集録』,査読無,73-74
- 亀野淳・吉本圭一・稲永由紀・長尾博暢・椿明美・和田佳子ほか(2013b)
- 「企業の採用活動とインターンシップとの関連に関する定量的分析」,『日本インターンシップ学会発表要旨集録』,査読無,52-53
- 亀野淳(2013c)
- 「大卒採用におけるインターンシップの活用と採用システムのあり方に関する定量的分析」『人材育成学会第11回年次大会論文集』,査読無,9-14
- 亀野淳(2013d)
- 「フィンランドの高等教育機関における社会人教育-フィンランド企業及び従業員へのインタビュー調査をもとに-」 ,『生涯学習・社会教育研究ジャーナル』,第6号,査読有,119-134
- 亀野淳(2014a)
- 「企業属性別にみた大卒採用におけるインターンシップの活用に関する定量的分析」『人材育成学会第12回年次大会論文集』,査読無,157-162
- 亀野淳・傅振九(2014b)
- 「中国の高等職業教育における個別企業と学校の連携状況と課題」『日本高等教育学会第17回大会発表要旨集録』,査読無,6-7